梅田北ヤードシンポ・各氏の発言
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10月28日、大阪市内で開催したシンポジウム「北ヤード開発を考える」は、コーディネーターをつとめていただいた片方信也日本福祉大学情報社会学部教授をはじめ、都市再開発プランナーの糸川精一氏、新建築家技術者集団全国常任幹事の大槻博司氏、大東文化大学環境創造学部教授の土井幸平氏など、各界第一級の方がたからのご報告をいただき、参加者も150人を超えて大きく成功いたしました。ご協力いただいた先生方に心から厚く御礼を申し上げます。
シンポジウムでは3つのことが浮き彫りになったと思っております。
第一は、いま進められようとしている計画は、大阪の「表玄関」にふさわしい大阪駅前のまちづくりという観点からの真剣な検討がほとんどないということです。
大阪駅前にはこの「北ヤード開発」だけでなく、JR大阪駅の改良と新北ビル建設が総事業費1500億円をかけてすすめられ、「アクティ大阪」の増床計画や阪急百貨店、阪神百貨店の建て替え計画も出されています。しかし、これを一度にやったらいったいどうなるのか。交通量はどうなるのか。災害時の避難は本当に大丈夫か。駅前全体の景観はどうか。緑の確保はどうするのか。これらの不安が学識経験者から出されながら、それをまともに検証することもなく進められようとしているということが指摘されました。
第二は、専門家から府民の立場に立った積極的な提案が多彩に出されたことです。
都市再開発プランナーの糸川精一氏からは、「北ヤードを人工地盤で覆い、20年、50年たったら立派な森になる緑地帯にして、美術館や博物館、ホールや保育園などをつくる。緑地は淀川公園に結びつける」という提案が、大槻博司氏は1984年に発表された「GÅTHERS構想inUMEDA」について説明され、人工地盤の利用で丘を造り、川や森、広場のある大きな公園をという構想の基本的な考え方を紹介されました。共通するのは緑地化と災害に備えたオープンスペースの確保ということだったと思います。
第三に、これからが正念場であり、今後のとりくみの基本的な視点もしめされました。
貨物駅の移転先とされた吹田や百済の住民運動団体からも、また北ヤードがある北区や福島区の住民からもご発言いただいたことも新たな特徴だったと思います。コーディネーターの片方先生は@21世紀の大阪都心のあるべき方向やビジョンを見出すこと。A貨物ヤードの存廃問題や貨物物流を含め、JR大阪駅をどう位置付けるか。B「規制緩和」や市場原理主義と違った都市づくりの方向C防災拠点をどうするか、という「4つのポイント」をしめされました。今後のとりくみの大切な視点とすべきものだと思います。
府民の財産である大阪駅前を、オリックスなど一握りの大企業の儲けのために切り売りさせていいのか。広く府民・市民に知らせるとともに、今回のシンポジウムのような府民的な討論の場をいっそう広げてゆきましょう。
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日本福祉大学教授片方信也さん
問題提起
大阪市の「大阪駅北地区基本計画」(04年7月)では北ヤード開発について「世界に誇るゲートウェイづくり」「知的創造活動の拠点(ナレッジ・キャピタル)づくり」など5つの基本方針を掲げています。
南北の「シンボル軸」と東西の「賑わい軸」、駅前広場ゾーンの3つの骨格に、「土地利用ゾーン」を形作るとしています。
「シンボル軸」の東側の7fが「第1期先行開発区域」で、そのうちBブロックはオリックス・リアルエステート(株)を代表者とするグループが開発事業所定者に決まっています。
シンポジウムでコーディーネーター、日本福祉大学情報社会学部の片方信也教授は、北ヤード開発がJR梅田貨物駅の移転を前提に、小泉政権時代に「都市再生緊急整備地域」に指定(02年)されたことが背景にあると指摘しました。
さらに片方教授は、北ヤード開発をめぐる議論のポイントとして、@開発計画の策定にあたって、府民・市民の立場を明確にした上で、21世紀の大阪の都心のあるべき方向を見出すことが必要A貨物ヤードの存廃問題を含め、JR大阪駅をどう位置付けるかが問われているB20世紀の高度経済成長以降の過密都市開発の矛盾(交通問題、環境問題)から脱却し、これまでの「規制緩和」や市場原理主義とは違った都市づくりの方向を見出すことC防災拠点をどうするかなどを提起。「市民が納得できる目標、納得を得るための議論の進め方を議論し、展望を見出すことが必要」と語りました。
都市再開発プランナー糸川精一さん
完全な緑地帯を展望
最近、都市部においても商業施設だけでは生活者が満足せず、その中に景観や文化をどう採り入れるかが非常に大事なテーマになってきています。
梅田北ヤードは、大阪で残された唯一の広大な空間で、旧国鉄が持っていた国民の財産。商業施設を開設するのとは性格が違うのではないか。そういう場所を開発する上で、5つのコンセプトを持っています。
1つは何をつくるかではなく、何をつくらないかという発想で取り組まないと、他都市と同じように高層ビルや商業施設、ホテルなどにすると、非常に混乱した街になるのでないか。
第2点は、都市の防災問題。マンハッタンにはセントラルパークという広大な空間があります。中心地にはそれなりの空間が必要。主要都市はたいがいそういうものを持っています。
第3点は、都市の品格を考える時期にきているのではないか。大阪というのは経済至上主義の都市ですが、安全性や文化の問題、緑の問題などを考慮する必要があります。貨物の移転先を吹田にというのも、都市公害を周辺都市にばらまく結果になってしまいます。それでは意味がない。
以上の観点から2つの提案をしたい。
第1案は、上層部分は人工芝にして貨物は地下にする。20年、50年たったら立派な森ができるという完全緑地帯にして、美術館、博物館、ホール、保育園など公共的施設をつくり、安心して仕事ができ、土日は家族、子どもたちと遊べるようにする。
アクセスも悪いので、新幹線を地下に通し、大阪駅から新幹線を利用できるようにする。
また、淀川と結び付いた緑地帯にしてアクセスをつくりあげ、緑と水と施設の展望を見出したい。切り売りする必要はありません。
公共的な事業は、時間をかけて国なり市なりの金を使ってやるべきこと。採算を合わせてやらなければならないという場所ではありません。一つの街づくりで50年、100年かけるのは当たり前。今回の北ヤードに対する計画は拙速すぎる。非公開の形で、あれだけの空間がうずめられていくことに対して、府民として、市民として、国民として、どうも納得いきません。
新建築家技術者集団全国常任幹事大槻博司さん
ハコモノ必要なのか
梅田北ヤードの貨物駅廃止後の跡地をどうするかについて考えられていた1984年に、私たち新建築家技術者集団大阪支部が発表した「ギャザーズ構想イン・ウメダ」を、この問題を考える上での一つの材料として紹介させていただきます。
84年当時は、民活がすべて、規制緩和が大事だという考えがどんどん起こってきて、国鉄民営化や合区や公共施設、学校などの統廃合が進んでいきました。
そんな中で国民の財産であるはずの国公有地が危ないと、所有者や今後どうなるかなどいろいろ調べていく中で、梅田貨物駅の所が一番問題だろうということで、何か考えようということになりました。
当時の私たちの構想は、人工地盤の利用で丘を造り、川や森、広場のある大きな公園をというのが基本的な考え方でした。
淀川河川敷などにアクセスできる広域緑道などをつくり、丘の下には床をつくり公園に、という案もありました。
また大阪駅の南と北、東と西との空間的一体化をはかって、地上のレベルには人間、地下レベルには車というように考え、中央郵便局も地下に移転させて市民ホールなどにする。駅前には広大な広場を整備、上から見たら川が流れていて噴水や彫刻があったりして、ソフトボール大会などもできるようにするというものでした。
開発を考える視点で必要なものとしては2つ。一つは、鉄道貨物の機能がどうなるのか、将来的にどの程度の規模で必要かという予測を持つこと。もう一つは、2011年までに周辺で三越などたくさんの建物をつくる計画が進んでいますが、商業・業務などのハコモノがまだ必要なのかということも考えなければなりません。
求められる開発のイメージとしては、大地震に備えた広域避難場所など防災拠点としてのもの。現在は広域避難場所は大阪市内には、長居公園や大阪城公園しかありませんが、電車に乗っていて、地震がきた場合のことも考える必要があります。
また、都市のヒートアイランド現象の緩和など環境拠点としての開発などが求められると思います。
大東文化大学教授土井幸平さん
「一つの梅田」の視点
私は、ことし2月の大阪都市計画審議会(05年度第4回)で北ヤード問題で発言しました。私自身は、北ヤード計画に心配はありますが、特に反対しているわけではありません。
15年前に大阪で目立っていたのは海遊館や新梅田シティ。西梅田の開発が10年前に進み、5年ほど前にヨドバシカメラが進出しました。
これからもっと変わると思います。2011年には現在工事中のJR大阪駅のビル、阪急百貨店や大丸百貨店の高層化が完成し、茶屋町の再開発など一連の動きがあります。
その梅田の開発の中核が北ヤードです。梅田で進んでいる開発の床面積は120f。すでに200fありますから、6割増えることになる。そこで交通の問題や、人びとが安全に街を楽しめるのか。何か起こったときに大丈夫なのか。
大阪の品格が本当に生まれるのかという心配があり、それを審議会で率直に発言しました。
開発は動いていて、なかなか止められない動きです。この20年来、御堂筋の交通量も減っています。昼間人口は350〜360万人に減っています。切羽詰まった挙げ句、梅田にはポテンシャル(可能性)があるということで計画が動いていると思います。
関西では昭和初期と高度成長・万博の時期に急成長しました。その原動力になったのは民間、特に私鉄の力です。沿線の住宅開発や遊園地、百貨店の建設です。
ところがその「私鉄王国」にかげりがみえてきた。JRは新快速を運行していますが、私鉄の鉄道輸送量は90年代以降、減少しています。高齢化や人口減の影響で百貨店も大変。だから自分の「王国」を耕しているだけではダメだということが明らかになっています。
私鉄間の相互乗り入れなどで都心をスルーさせ、広域的な中心として大阪を育てることが必要です。
JRは民営化後、新快速を運行するなど交通体系も変化している。関西全体を視野に入れないと梅田の発展はありません。
300b圏の梅田を一つとして考え、阪神も阪急もJRも、一つの梅田をつくっていくという考えが大事だと思います。
でないと大阪を楽しむというイメージが外から見えません。一言でいうと、大阪のビジョンがないということです。
日本共産党府委員会政策委員長宮本たけしさん
府民的討論を今こそ
梅田貨物駅は24fの広大な土地です。JR大阪駅は1日の乗降客が85万人。阪急や阪神、地下鉄を合わせると1日200万人が利用する、西日本一の大ターミナルです。
ところが今回の北ヤード開発は、関経連の秋山会長が「大阪駅北地区まちづくり推進機構」の会長になるなど、財界主導で進められました。
先行開発地域のうちBブロックはすでにオリックスグループが落札。残りのブロックには、リーガロイヤルホテルや大手不動産会社が名乗りを上げています。
府民共有の財産である駅前の一等地が、府民のまともな議論もないままに開発されようとしています。
しかも大阪市は、都市再生の手法を使って容積率を大幅緩和し、超高層ビルが建てられるようになっています。地下の新駅建設には500億円かかるといわれています。
梅田貨物駅を吹田や百済に移転する問題では地元で大きな反対運動が起き、住民の理解が得られていません。吹田市長が事業着手に合意しましたが、住民合意を踏みにじるものです。
先行開発区域の開発が始まったとはいえ、貨物駅の部分については何も決まっていません。
現行計画には不安と懸念が山積しています。関経連は開発推進ですが、その常任理事である井上義国・ダイキン工業顧問は雑誌で、「東京・汐留開発にみられるような高層ビルの乱立はいらない」と発言しています。
西宮市に建築事務所を構える久米能子さんは、ホームページで「この地に高層の建物など建ててはいけない」「創るのは大阪の美しい景色だ」と書いています。
北ヤードを放置せよというのではありません。吹田や百済への貨物駅の移転計画は白紙に戻し、大阪の表玄関のまちづくりのあり方について、府民参加で議論することを主張しています。
現行の北ヤード計画は梅田一帯で乱立している開発を全部やればどうなるのか見極めないまま進められているのが最大の問題です。大地震時の避難についてもまともに計画された形跡もありません。もう一度立ち止まって、このままでいいのかということを、ともに考えたいと思います。
投稿者 jcposaka : 2006年10月28日