貧困と格差の悪循環 アメリカの現状を鏡に
『ワーキング・プア』の著者
D・K・シプラーさん来日・講演
貧困と格差の悪循環
アメリカの現状を鏡に
働いても働いても生活できず、 貧困ライン以下で暮らす人々が4千万人近くいるとされるアメリカで、 「ワーキング・プア (働く貧困層)」 の実態を描いた、 その名も 『ワーキング・プア―アメリカの下層社会』 の著者、 デイヴィッド・K・シプラーさんの来日を記念する講演会が18日夜、 大阪市内で開かれました。
■250人が参加
シプラーさんの 『ワーキング・プア』 は04年にアメリカで出版。 ことし1月に岩波書店が日本語版を刊行しました。 講演会は民主法律協会や大阪労連、 働き方ネット大阪などでつくる実行委員会が主催。 会場のエルおおさか会議室には250人が詰めかけ、 用意された日本語版50冊は完売となりました。
訳者の1人で関西大学教授の森岡孝二さんが実行委員会を代表してあいさつ。 「訳しながら、 段落ごとに胸を打たれる思いがした」 と翻訳作業を振り返りながら、 「貧困と格差は社会問題であると同時に政治問題。 私たちの生活を支える働く人間が、 見えなくなっている。 それを見えるようにしてくたのがシプラーさん」 と語りました。
■米の現状を鏡に
シプラーさんは 「私は日本の格差社会の現状をよく知りません」 としつつ、 「アメリカと日本の社会は大きく違うが、 アメリカの現状から、 みなさん自身が、 日本に関係することを鏡のように教訓として学びとってほしい」 と前置きして講演を始めました。
アメリカ政府は、 4人家族で年収2万549ドル (日本円で240万円) 以下を 「貧困」 としています。 シプラーさんは 「貧困は単に収入の問題だけでなく、 負債を持つことであり、 また無力感や長期的な展望を持てなくなることでもある」 と指摘。 「取材を通して、 貧困問題はさまざまな要因がからみあっており、 点と点を線でつないでいくことで、 全体像を浮き彫りにすることが必要」 と述べました。
■ある母親の実例
シプラーさんはいくつかの実例を紹介しました。 ぜん息の子どもを持つシングルマザーは、 貧困ライン以下の生活で貯金もなし。 子どもが息ができなくなり救急車で2度運ばれましたが、 医療保険に加入していないので、 支払いができません。 クレジットカードには 「支払い不能」 という悪い履歴が残ります。
この母親は、 子どものために住環境を変えようと、 中古のトレーラーハウス (移動式自動車) を買いに販売店に行きましたが、 クレジットカードの履歴が悪く、 ローンを組むこともできません。 仕方なく怪しげな代理店で通常の2倍という法外な金利でローンを組むことになりました。 子どもはそんな母親の姿を見て、 「貧乏というのは、 お金がかかることなんだね」 とつぶやいたといいます。
■貧困の悪循環が
シプラーさんは 「低収入で公的助成などの支援が一切ない家庭では、 子どもが栄養失調状態にあることが多い」 と指摘。 公共交通が整備されていないアメリカでは、 貧困層でも自動車が必需品。 そのガソリン代や家賃など必ず支払わなければならない経費が家計の50〜70%を占めており、 切り詰められるのは食費しかありません。
さらに、 住宅手当などを受けていない家庭で低体重の子どもが生まれる率が高いことを紹介したシプラーさんは、 「栄養状態の悪いまま学校に行っても、 勉強が分からず、 退学するという悪循環がある。 点と点をつなぐことは簡単だが、 ほとんどの政治家はこうしたことを理解していない」 と強調しました。
■社会正義実現へ
シプラーさんはまた、 麻薬中毒者の社会復帰のための昼間施設や低家賃の福祉住宅での取材経験から、 「過去の犯罪記録を見られるのではないか」 といった職探しへの恐怖感や、 「福祉住宅の外の世界のルールが分からない。 一歩踏み出すのが恐い」 といった自信のなさがあるとし、 全人格的な職業訓練プロジェクトが必要だと述べました。
シプラーさんは 「アメリカでは資産格差が大きく、 貧困者も多いが、 裕福な層は非常に金持ち。 収入格差を埋める取り組みがなく、 富める層は子どもの養育にどんどんお金をかけ、 貧困層は悪循環で問題が助長されている。 社会正義実現へ、 国民、 市民がどのように政府や企業を活用するか考えていかなければならない」 と講演を締めくくりました。
質疑応答から
◆貧困問題から脱出するには◆
質問 「ワーキングプア」 をテーマにした動機は何ですか。 どのように対象者を見つけたのでしょうか。
シプラー 私は 「ニューヨーク・タイムズ」 記者として12年間海外赴任し、 もともと国際問題や外交問題に興味を持ってきました。 アメリカに帰国して国内問題にも興味を持つようになり、 最初に人種問題を扱いました。 そこから自然な成り行きで貧困問題に進みました。
聞き取りですが、 貧困層といわれる家庭に入り、 何年も取材を重ねてきました。 社会学者は私のやり方を非科学的だと指摘するかも知れません。 が、 私のやりたかったのは、 とにかくいろんな人に話を聞くこと。 それを本にして伝える。 それを聞いた人がさらに伝えることで広がり、 各分野の専門家が目にすることで問題の全体像が明らかになると思います。
質問 貧困層の人たちが軍事力に悪用されていないでしょうか。
シプラー 私自身は、 軍隊に入隊する人たちの収入レベルを知らないので明確な回答は避けたいと思います。 ただ言えることは軍隊に入隊する人たちの教育レベルは一般的に低いということです。
質問 貧困問題から脱出するためには何が必要だと考えますか。
シプラー 貧困問題はさまざまな要因が複雑に絡み合っているので、 一つの問題に一つ対処するのではなく、 例えば教育や住宅、 栄養事情といった複数の問題に対処する仕組みが必要だと思います。 教師は子どもから家庭の問題に気づいている人もいる。 学校が公的サービスを使って何かできるのではないかと思います。
民間企業が長期的展望に立って、 貧困問題に対応する方策を打ち出すことが重要。 経営者はコストダウンに走る。 労働者が職業訓練され、 賃金も上がるとモチベーションも高まり、 回り回って国際競争力も上がるはずなのに、 そこが見えていない。 現在の短期的な視野のままでは問題はどんどん悪化する。 日本も同じ問題に直面していると思います。
◎参加者の意見表明◎
シプラーさんの講演を受けて参加者の中から4人が、 大阪における貧困と格差の実態や、 それを是正していく運動について報告しました。
大生連 (全大阪生活と健康を守る会連合会) の大口耕吉郎事務局長は、 離婚して9歳と9カ月の子どもを育てている37歳の女性が生活保護を受けるまでの苦労を紹介。 「最低賃金制度が確立されていない日本では、 生活保護基準がナショナルミニマムになっている。 ところが老齢・母子加算が削減され、 食事を切り詰め、 風呂の回数を減らす現実がある」 と告発しました。
2万5千人の日雇い労働者がいる大阪市西成区のあいりん地区で、 仕事の紹介や生活相談をしている西成労働福祉センターの労組からは、 求人が激減し、 55歳以上の高齢日雇い労働者が就労の場から排除され、 野宿生活者が増加したと指摘。 公的就労事業を起こし、 働いたときには日雇いでも健康保険や雇用保険を適用することが必要だと訴えました。
「子どもの実態の背後にある親の働き方に危険なものがある」 と切り出したのは、 小学校教員の渡部有子さん。 親が非正規雇用で長時間労働のため、 家庭訪問が成り立たず、 親子の触れ合いも少なくなっていることを紹介。 「シプラーさんの本にもあるアメリカの実態に日本も限りなく近づいている」 と強調しました。
「松下プラズマディスプレイ」 の偽装請負を告発して闘っている吉岡力さんは、 事件の構造や経過を説明しながら4月の大阪地裁の不当判決を受けて、 控訴審で闘い抜く決意を語りました。
投稿者 jcposaka : 2007年05月25日