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編集長のわくわくインタビュー 作家 若一光司さん ユニークな地名本の誕生ですね 大阪の魅力を再発見してもらえたら

2008年11月14日

 テレビのコメンテーターとしても活躍中の作家の若一光司さんが、 書き下ろした新刊本 『大阪 地名の由来を歩く』 (KKベストセラーズ) が、 発売2カ月足らずで3万数千冊普及と好評です。 自分史と重ねながら、 難読地名 「放出 (はなてん)」「立売堀 (いたちぼり) 」 の誕生や 「御堂筋」 の秘話などを紹介した本づくりへの思いやエピソード、 反響の様子など聞きました。 (聞き手 佐藤圭子編集長)
   新しいご本、 9月中旬に出されてすごい売れ行きらしいですね。
若一 私自身もびっくりしています。 初版本は1万2千冊刷りましたが、 1年以内にさばければ十分だというぐらいに思っていたもんで。 読者の多くは大阪の人みたいですけど、 こうした地名関連の本を好きな人が大阪にこんなにたくさんいたんかと (笑い)。 大阪民主新報さんが昔出版された 『地名は語る』 (文理閣) も参考にさせていただきました。
   光栄です。 地名をテーマにした本は何冊もありますが、 この本みたいにエッセイと専門的な内容がミックスされた本は珍しいですね。
   「箕面公園」 では、 瀧安寺に西行法師が残した歌や箕面電軌鉄道 (現阪急電鉄) の開業、 一時帰国中の野口英世が遊んだことなど紹介されたかと思えば、 若一さんがニホンザルに襲われそうになった話などとてもスリリングで。
若一 大阪の地名に関する本は、 主要なものだけで20〜30冊あります。 だけど、 地名に関する基礎的な知識がなければ、 何となく分かりづらい内容のものが多いことも事実です。

自分から見た読み物にして

 出版社から 「大阪の地名の本を書いてほしい」 と依頼されて、 「好きに書かしてくれるんやったら」 と引き受けたんですが、 地名を入り口としながら、 小学生や中学生が読んでも面白いと思ってもらえるような読み物にしたい、 というのが最初にありました。 大阪で生まれ育ってますから、 自分の歴史とダブらせて、 書くべきネタはいっぱいありました。
    「大阪城」 から始まって、 「ミナミ」 「キタ」 「『大坂』 の三大市場」 「生野コリアタウン」 「岸和田・春木港」 など51カ所を取り上げておられますが、 どんな基準で選ばれたんですか?
若一 大阪の主要地域以外の地名については、 私の好き嫌いだけです (笑い)。 大阪ならではの 「気になる地名」 とか 「難読地名」 とか、 あるいは、 大阪の歴史と深く結び付いた地名とか、 できるだけ多様な観点から地名を選択するために、 〈第三章・大阪の食道楽は市場のおかげ〉とかいうように、 章立てに変化を持たせる工夫はしました。 書きたかったけど、 最後まで由来が分からなくて見送った地名もあります。
 この本では、 地名そのものを専門的に深く追究するのではなく、 まずは初歩的段階として、 地名の持ついろんな面白さ、 豊かさを知ってもらいたい、 ということを第一義にしています。 地名の面白さを通して、 大阪の魅力や歴史を理解してもらえたらうれしいですね。
   もともと地名に関心を持っておられたんですか?

菊の地名にはアンモナイト

若一 若いころから趣味で化石の採集をやってましたが、 化石産地を探すために地図を開いていろいろ調べていく中で、 自然に、 地名に興味を持つようになってましたね。
 化石の出る地域って、 結構地名でそれが分かる場合があるんですよ。 たとえばアンモナイトという化石は、 日本では昔から 「菊石」 などと呼ばれてましたが、 その菊石がたくさん採れることにちなんで、 「菊地」 とか 「菊川」 とか名付けられた地名が残っていたりします。 また、 貝の化石が多い場所には 「貝原」 とか 「貝山」 なんて地名がつけられていたり。 そういうことを知っていれば、 地図上の地名と地層図を見比べながら、 新しい化石産地の見当を付けたりすることもできるわけです。 私自身、 そうして何カ所かの新産地を見つけたことがあります。
   地名を見て、 その土地の成り立ちなどを勝手に想像したりすることもありますが、 地名変更や最近では市町村合併などで昔の地名がなくなっている例も多いですよね。

昔の地名が消えてしまった

若一 いっぱいありますね。 市町村合併や区画整理なんかで、 古くからあった地名が次々に消され、 単なる記号のような、 由来のない地名に置き換えられてゆくようなことが増えています。
 それに、 商業的に開発された住宅街などにはよく、 「自由が丘」 とか 「希望台」 とかいうような、 印象の良い地名がつけられることが多いですが、 そうした地名には、 その土地ならではの独自の歴史や、 人々の暮らしのありようなどは、 ほとんど反映されません。 市町村合併で生まれる新地名の中にも、 過去とのつながりをまったく持たない地名が多いですよね。

地名は目に見えない役割が

 古くからの地名には、 その土地の自然条件であるとか、 歴史とか、 そこで営まれてきた暮らしの内実とか、 いろんな情報が集積されています。 その地名を失うということは、 その土地の記憶をさかのぼる手掛かりが失われてしまう、 ということでもあるんですね。
   地名というのは生きものというか、 人間の歴史そのものなんですね。
若一 本を読んでくださった方からもたくさん感想をいただいているんですが、 以前に大阪に住んでおられた人が、 自分の原点としての大阪を地名を通して懐かしんでおられる、 というようなものも多いですね。 地名がいろんな人の生きざまと重なっている。 同じ大阪に住んでいても、 同じ地名のエリアに住んでいると分かると、 それだけで親しさを感じたり、 「放出」 というような、 大阪ならではの難読地名をちゃんと読めたりしたら、 それでまた親近感がわいたり。 地名というのは、 その土地にかかわる人々のアイデンティティーの一要素ですし、 共通の文化遺産としても、 目に見えないいろんな機能や役割を果たしているんですね。
   若一さんは作家としてだけでなくて、 高校時代から現代美術家として活動されたり、 世界各国を旅したことを伝えられたり、 いまもテレビのコメンテーターとして歯に衣着せない発言をされていますが。

多様な価値観があってこそ

若一 何をやっても中途半端なもんで (笑い)。 本業の作家としてはこの8年間、 本を書く気になれなかったけど、 もう人生の残り時間も少なくなったことだから、 ぼちぼち本気で執筆活動に力を入れようと思っていた矢先に、 タイミングよく、 今回の本作りの話がきたんですね。 これを機に、 毎年何冊かはコンスタントに本を書こうと決心して、 いまは沖縄を舞台にした長編小説を書き始めています。 時間ができたら、 独自の絵本のようなものも作ってみたいなぁと。
 メディアを通していろいろ発言してきましたが、 自分の価値観と相容れないことを権力的に無理強いされることには、 やっぱり納得できないですよね。 世の中、 多様な価値観やライフスタイルがあっていいし、 その多様性こそが社会の可能性の源泉だと、 私は考えています。 しかし現実には、 ある意味で国家主義的な価値観というか、 個人は常に全体のために奉仕するのが当たり前なんだ、 全体の前では個人の自由や選択肢は限定されて当然なんだというような、 そんな思想傾向がどんどん強まってきていて、 その流れにみんなが感情的に乗っていきやすくなってる。 そういう動きには、 はっきりと 「ノー!」 と言い続けるしかないと思っています。
 作家としてはやはり、 私にしか書けないことを書いていきたいと思うし、 私の作品を通してこそ見えてくる世界というものを、 自分なりに確立したいと思っています。
   地名本の第2弾も書かれますか?
若一 ええ、 予定してます。 読者からも要望をいただいていますし、 今回書ききれなかった地名も多いので、 完結編といえるようなものを来年には刊行したいと思っています。 ともあれ、 この本を通して、 大阪の多面的な魅力を再発見してもらえたらうれしいですね。


わかいち・こうじ 1950年生まれ。 豊中市出身。 作家。 大阪市立工芸高等学校卒業。 高校在学中から現代美術家として活動し、 個展も開催。 83年度文藝賞受賞作 『海に夜を重ねて』 (河出書房新社)、 『最後の戦死者』 (同)、 『自殺者の時代』 (幻冬舎アウトロー文庫) など著書多数。 小説のほかノンフィクションや評論も手掛け、 『化石の楽しみ』 (河出書房新社) など趣味の化石採集での著書も。 アジア情勢や人権問題に詳しく、 テレビのコメンテーターとしても活躍中。

投稿者 jcposaka : 2008年11月14日

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