大地の恵み育んで 農に生きて 半世紀 熊取町 酪農一家の北川さん
「食を支える農業はまさに命を育む仕事。 大地の恵みへの感謝と農民としての誇りは1日たりとも忘れたことはないんよ」 と専業農家の北川一さん (73)。 長女の栄子さん (44) と力を合わせて酪農と野菜・コメづくりの複合農業を営んでいます。 一さんが生まれ育った大阪府熊取町のこの土地で酪農を始めてちょうど50年。 丑年の今年、 農業を取り巻く厳しい経営環境の中、 新たな挑戦が始まろうとしています。
安心の「食」この手で
「この子は出産直後から3日間立つことができなかったんです。 でも今はこの通りスクスクと育っています」。
牛舎から顔をのぞかせたのは生後2カ月半の子牛。 青空が広がる畑のあぜ道に出ると躍るように駆け出していきました。
子牛をつなぐロープを持つ手に力を込める栄子さん。 息を弾ませながら、 生命力にあふれた子牛の姿に満面の笑みを浮かべます。「15カ月後に種付けし臨月までさらに約10カ月。 初出産を経て搾乳まで2年近くかかるんです。健康に育ち乳を出してくれた時が何より幸せな瞬間ですね」
大阪府立大学で畜産を学んだ一さんが、 野菜・コメ栽培に畜産を取り入れたのが1958年。 23歳の時でした。 それ以降、 田畑から出る稲わらや野菜の残りかすを配合飼料と合わせて与え、 太陽熱で発酵させた牛糞堆肥で野菜の有機栽培を行う循環型農業を実践。
家族経営を支えようと栄子さんが会社員生活にピリオドを打ち営農に加わったのが93年。 人口受精士や受精卵移植士の資格も取得し、 現在赤ちゃん牛も含め36頭を育てる酪農部門は栄子さんが主力として担い、 2fの農地を一さんが耕し野菜やコメの産直運動を切り盛りしています。
多くの人に支えられ
酪農家の1日で最も忙しいのは朝。
午前5時半に1回目の搾乳がスタート。 消毒した雌牛の乳に搾乳機を取り付けると、 薄暗い牛舎を回って牛の健康状態を観察。 飼料を与え、 牛舎の掃除も行います。
1頭の搾乳時間は平均3分。 成牛27頭の乳を搾るのに2時間近くかかる重労働が朝夕2回、 365日欠かすことなく続けられるのです。
牧場全体で毎日約500`を乳業メーカーに出荷し、 学校給食の牛乳やヨーグルトなどに加工されています。
「父が丹精込めて作った牛乳を私たちも学校で飲んで育ちました。 私が作った安心・安全な牛乳で子どもたちも健やかに大きくなってほしい」と栄子さん。
一家は、 一さんの妻・知衛子さん (67)、 栄子さんの長男雄一君 (16)、 次男耕次君 (14)、 長女和奈さん (9) の6人家族。 アルバイトの江川拓志さん (24) と妹の明里さん (20) が野菜づくりと産直を手伝い、 近くに住む友人の山口正幸 (68) さんが朝の忙しい時間帯に牛の世話に関わってくれています。
「野菜作りを始めて4年目。 本格的に勉強したい」 と拓志さんが笑うと、 明里さんも 「自然相手の農業は天候に左右され厳しさもあるけど面白い」 とうなずきます。 山口さんも 「雨の日も風の日も休むことなく頑張る皆さんの姿にこっちが元気をもらっています」
困難乗り越え未来へ
農業はいま大きな転換期を迎えています。
国は07年度に品目横断的経営安定対策を導入。 高いハードルを設けて大規模農家や集落営農組織などに集中投資し、 家族経営など小規模切り捨ての農政へと大きく舵を切りました。
乳価下落と植物燃料バイオエタノールの原料となるトウモロコシの需要増に伴う飼料高騰も深刻。 投機マネーによる穀物市場の変動や国際金融不安が国内農業を直撃、 農業経営は国際的な課題にも向き合わなければならないのです。
1975年に470戸だった府内の乳牛農家は約50戸に減り、 離農に歯止めがかかりません。 酪農家の所得は1`97円の乳価から餌代を引いた約35円と言われますが、 水光熱費の値上がりなど負担は増えるばかりです。
でも北川さん一家は決してくじけていません。
「食糧を投機の対象にするなんてことはあってはならんのよ」 と語気を強める一さん。 「本当の意味で農業が大切にされる時代がいつかきっと来る。 食はまさに命そのものやからな」ときっぱり。
栄子さんも「父たちがここまで作り上げた牧場を簡単に捨てることは出来ません。 家族みんなで支え合い一歩ずつ頑張っていきたいですね」
投稿者 jcposaka : 2009年01月01日