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共産党にはないキャラクター 清水さんのバナナのたたき売りの師匠 スープ・チンドンズ倶楽部主宰 高木蜻蛉之介さん

2010年01月22日

政治の話面白く伝えたくて
参院大阪選挙区候補・大阪市議
清水ただしさん


 日本共産党の清水ただし参院選大阪選挙区候補・大阪市議が、清水さんの特技・バナナの叩き売りの師匠、極楽亭蜻蛉さんこと高木蜻蛉之介さんと対談しました。「極楽亭ぺんぎん」の名付け親でもある高木さんは、「スープ・チンドンズ倶楽部」主宰のチンドン屋さん。二人の出会いから語り合いは、息もぴったり。いまの社会状況にも触れながらの師弟対談となりました。

高木 ただし君と初めて会おうたんは10年以上前。チンドン屋のメンバーを探してたころ。当時の事務所が南森町で、その近くにただし君が働いていた「ぺんぎん」ていう喫茶店があって、注文したモーニングを運んで来てくれた時やった。
 第一印象がものすご良かった。若くてかっこいいし、話を聞いたら、松竹芸能で漫才やってたと。これやったらみんな好感持って人気も出るやろうと思って、どうしても手伝ってほしいと口説き落とした。
清水 そのころ僕は、松竹芸能もやめて芸人活動から遠ざかって、たまに友人の結婚式の司会をするぐらいでした。誘ってもらって、久々にやりたいなあと。

社会性持った人

 初めての仕事は広島の西条でのスーパーのイベントでした。『オズの魔法使い』に出てくるライオンに扮し、ベースギターを弾きながら歌いました。これが楽しくて楽しくて。
 その時、前泊で車で行ったんですが、師匠の感性にオッと思ったのは、ビールを飲もうということになってキリンの「一番搾り」が出てきた時、師匠がそのラベルを見て、「おう出てきたな、“いちばんさくり”。搾取の搾でっしゃろ」と。共産党に入りたての僕は、あーこの人は社会性を持った人だと感動したんです。
高木 バナナの叩き売りのセミナーの助手もしてくれた。
清水 一番最初に行ったのは、よみうり文化センターの大道芸セミナー。師匠が参加者に叩き売りの芸を教える。そこに僕がつっこみを入れたりして。その時、初めて叩き売り用の前掛けをもらったんです。
高木 行く先々で、ただし君はものすご好かれたな。
清水 バナナの叩き売りのデビューは鮮烈でしたよ。師匠が極楽亭蜻蛉の名前でダブルブッキング。どっちもおいしい仕事やから断るのはもったいないから、一つはお前が行けと言われて堺市民会館に行かされました。「きょうはお前、蜻蛉やぞ」と(笑い)。
 行ったらみんな、「師匠、師匠」と僕に言う。「えらい師匠、若いでんなあ」とか。「口上だけ言うとったらいい。売らんでいいから」と師匠に言われて行ったのに、舞台に上がったら、バナナが2ケース置いてあった。口上言うて一生懸命売って、えらい目に遭いました。
高木 後で主催者から電話がかかってきて、「お前何してんねん。別人呼んで!」と(笑い)
清水 だけどそんなデビューのおかげで、その後もものおじしないで堂々とできたんですね。
 それで、働いていた喫茶店の名前をとって、極楽亭ぺんぎんという芸名をいただいて、政治風刺を入れながら、「民主的バナナの叩き売り」といういまのスタイルをつくらせていただいて。
高木 ええとこに目つけたと思ったよ。
清水 政治の話は難しいし堅くて、退屈するというイメージがあるけど、面白く伝えられたらいいなと思って始めたんです。
 それ以来どこでも、「関西一の叩き売り芸人極楽亭蜻蛉師匠の一番弟子、極楽亭ぺんぎんでございます」と言うと、ワーっと拍手。
高木 一人しかおりませんもん。弟子(笑い)
清水 それが落ちでね(笑い)。

メリハリが大事
 
 師匠からは弟子の三カ条を言われました。
 1つは「稽古するな」
高木 練習したら本番に疲れる(笑い)
清水 2つ目は「師匠よりおもろいこと言うたら即破門」(笑い)
高木 そうそう。
清水 3つ目は「ときどきビールをおごる」
高木 大事、大事(笑い)。
清水 休憩することの大切さも学びましたね。それまで僕はずっと頑張る癖があったので、そうではなくて、メリハリが大事だということを学びましたね。頑張るところは頑張ると。
高木 頑張るとこも頑張ったらあかん(笑い)。
清水 そういえば師匠、「リハーサルしましょうか?」と言うと、師匠、急に「ひざに水たまった」って言い出してましたもんね。急にひざに水がたまる人がいますか?と(笑い)。
 でも「練習するな」は一理ある。本番に強くないとだめなんですね。即興性が大事だと。
高木 特に、バナナの叩き売りには決め口上があるけど、それ以外のこともしゃべられへんかったら、突っ込まれた時にものすご弱い。覚えたことを一生懸命にするのもええけど、お客さんの反応に対して臨機応変に返されんとあかんからね。
 うちはその場で替え歌作って歌うことも多いしね。

ネタ考案の苦労

清水 大阪労連のパート労働者のデモの時にも来ていただいて、「ありがたや節」をその場で「上げたりや節」に替えて、「♪上ーげたりや上げたりや/パート賃金上げたりや/同じ仕事をしているわりに/なぜに会社は差別する…」と歌った。その場その場に応じてやるというのは、師匠から教わったことです。
 いま、いろんな所に話をしに行くんですけど、行く先々で、さあどれだけ笑かしてくれるかと皆さん待ったはるんですよ(笑い)
高木 共産党にはなかなかないキャラクターやろうなあ。
清水 そしたら、そのギャグ聞くのは4回目やとか言う人がいたり、先に落ちを押さえはるお客さんも出てきた(笑い)。新ネタを考えるつらさがあるんです。まあ、こんなとこで苦労するのは僕ぐらいですけど(笑い)

思考と行動一致

高木 ただし君が共産党の議員に立候補すると聞いたときはびっくりしたで。そうか、そっちに行くかと思った。ほんまに大したもんやわ。いつも前向きやからな。
 紙芝居の枠を貸してくれと訪ねて来た時、何するのかと不思議に思ったけど、なるほどと。
清水 府会候補(03年4月)の時ですね。枠を借りて、自分で府政問題の絵を描いて、自転車の後ろに積んで演説したんです。
 大阪市会議員に立候補した時も、師匠たちに来ていただいて、チンドン屋と一緒に商店街を練り歩きしましたね。
高木 2回行ったかいなあ。
 ただし君は、思ってることと行動と一致するタイプ。こういう風にやりたいと思ったことは絶対その方向に持っていく。紙芝居にしても演説にしても、ちゃんと計画を持って、ステップを踏みながら。しかも自分のキャラを生かして。素晴らしいと思う。
 学歴は高卒やろ?
清水 「はん大」です。大学半分しか出てないので「半大です」(笑い)
高木 よう言うた!僕も「帝大生」ならぬ「底大生」(笑い)と一緒に、新世界で流しをすることがある。明治・大正の曲を歌って。

生きている証確認

 そこに行ったら、必ず同じ曲をやってくれというおっさんがおるんよ。歌うと500円、千円くれる。社会の底辺で生きてる人が僕らにお金くれるんやね。そうやって生きてる証を確認してるみたいに思う。
 だけど西成にも行って労働者と話するけど、みんなきついって言うてる。生きるか死ぬかの瀬戸際に立ってる人がものすご多い。弱者はずっと弱者のままでどんどん不公平社会になってる。
清水 年末年始はあいりん地区にも仕事がないので、大阪市が南港につくった野宿者支援のためのシェルターを年末に視察させてもらって、労働者の方に話を聞いたんですけど、ほんまに仕事がないと。それでも、おれはまだ働ける。生活保護は受けたくないと。そうやって頑張っている人のためにも、ほんまに仕事を増やしたいと思いました。

格差激しすぎる

高木 それは大事やな。ただし君、この間、野宿者に寝袋配る活動に参加したとブログに書いてたけど、えらいなあと感心したで。凍死した野宿者はこの3年で何百人といる。
 中産階級も大変やけど、とにかく格差が激しい。最下層の人を政治の力で助けてもらいたい。
 僕は、迎合するのは大嫌い。チンドン屋の仕事や流しとかで、「ポニョ(『崖の上のポニョ』のテーマソング)やって」と言われても絶対せえへん。何でおれがやらんとあかんねん。お前がやっとけと(笑い)。
清水 長いものにまかれないとか、自分の信念を曲げず、理解してもらうために頑張るという点では、共産党にも通じるところがありますね。
高木 いまは少数で厳しいかも知れんけど、ちゃんとやってたらそのうちひっくり返るもんやと思うよ。
 国会を目指すからには絶対通ってほしい。応援してるよ。
清水 ありがとうございます!頑張ります!


たかぎ とんぼのすけ TV番組制作プロダクション、広告代理店社員を経て、フリーの編集者・プランナーに。プランナーとして企画したイベントにも出演するようになり、そのための劇団を主宰し、バナナの叩き売りも始める。全国でホラーハウス(洋風お化け屋敷)の企画・製作・運営も手がける。その後、「スープ・チンドンズ倶楽部」を立ち上げ、チンドン屋業を始める。バナナの叩き売り時の名は極楽亭蜻蛉。
スープ・チンドンズ倶楽部公式サイトhttp://soup-p・net/scc/

投稿者 jcposaka : 2010年01月22日

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