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普天間基地は無条件撤去を 連帯の集会・デモ相次ぐ 清水参院大阪選挙区候補も先頭に

2010年05月23日

 米軍普天間基地の無条件撤去を求める沖縄県民のたたかいに連帯する府民の運動が、急速に広がっています。16日に宜野湾市で行われた普天間基地を包囲する1万7千人の「人間の鎖」行動は、大阪からも代表団が参加。改憲のための国民投票の手続きを定める国民投票法が施行された18日には、安保破棄大阪実行委員会、大阪憲法会議・共同センターが共催で昼休み集会とデモを行いました。

昼休みデモに120人
国民投票法廃止に

 大阪市北区の中之島中央公会堂の南側広場で行われた昼休み集会には120人が参加し、各界の代表が発言しました。

 自由法曹団大阪支部の小林徹也事務局長は国民投票法が投票年齢を何歳にするかなど中身を決めないまま強行されたと批判。国民の暮らしが悪化し、憲法の重要性が増していることを示し、「国民投票法は即刻廃止すべき」と訴えました。  日本民主青年同盟の伊木知史府委員長は、16日の全国青年大集会に大阪から160人が参加したことを報告、「人間らしく生きることと、基地問題はつながっている。声を上げて運動を強めたい」と語りました。  大阪母親大会連絡会の植田晃子委員長は、核不拡散条約(NPT)再検討会議に向けた国際共同行動で訪米。「『普天間基地は即時撤去を』と訴えてホワイトハウスのすぐ近くでも行動しました。草の根の力で政治・社会を変えましょう」と話しました。

戦争抑止する9条

 日本共産党の清水ただし前大阪市議(参院大阪選挙区候補)は、米海兵隊は「抑止力」ではなく、海外への殴りこみ部隊だと強調。「戦争を起こさない最大の“抑止力”は日本国憲法9条。基地のない日本へ心合わせて頑張りましょう」と訴えました。

西成区で連帯集会

 14日夜には大阪市西成区内で、西成民主商工会と西成医療生活協同組合の呼び掛けで区民連帯集会が開かれました。  9万人の県民大会(4月25日)に参加した安保破棄中央区実行委員会の北川恒雄事務局長が情勢報告。「沖縄の人々が米軍基地を望まないように、私たちの街にも基地はいりません」と表明した集会アピールを採択し、「怒」と書いた黄色いプラカードなどを手に、区内をデモ行進しました。

地域から行動開始

 これには、日本共産党のがもう健府議、尾上やすお大阪市議、さえき敏子府政対策委員長も参加してあいさつ。橋下徹知事が、関空への普天間基地の訓練の「分散移転」で「関西の優先順位が一番高い」と発言した問題について、がもう府議は「日本のどこにも基地はいらない」と厳しく批判しました。
 米軍嘉手納基地の爆音訴訟で月1回沖縄に出掛けているという、横山精一弁護士(きづがわ共同法律事務所)は、「16日の普天間包囲行動に連帯し、西成から運動していくことは極めて重要」と力説しました。


記者メモ
普天間包囲で感じた怒りの根深さ

○…ばたばたと雨がっぱを激しく打つ大粒の雨。大雨・洪水警報が発令され、靴の中までずぶ濡れになる中、つないだ両手がひときわ温かかった。4・25県民大会の熱が冷めやらぬうちにと、家族で梅雨の沖縄へと飛んだ。
○…16日、1万7千人(主催者発表)が、宜野湾市の米軍普天間飛行場周辺13`bを取り囲み、「基地の早期返還」を訴えた。当初目指した参加者数(3万人)を下回ったものの、豪雨の中、乳幼児からお年寄りまで、幅広い年齢の人々が、県内外から集った。その中には、伊波洋一宜野湾市長、稲嶺進名護市長の姿もあった。
○…同基地への包囲行動は、5年ぶり5回目だが、今回初めて、中部の7市町村長が共同代表に名を連ねた。午後2時から3回にわたり3分間ずつ、基地の内と外に向かって、固くつないだ両手を掲げた。1回目はところどころで途切れたが、2回目、3回目はつながった。
○…シュプレヒコールも何もない無言の抗議。戦中、戦後、アメリカとの「友好関係」を維持するために、「捨て石」にされ「差別」され続ける沖縄。本土(日本政府)への怒りの根深さを感じた。
○…「人間の鎖」が終わり、一息ついているところへ、1人の女性(60代)がねぎらいの声を掛けてきた。那覇市内から毎週、辺野古の新基地建設反対の座り込みに参加しているという。「家庭崩壊しそうよ」と笑いながら話す彼女に、大阪から来たことを告げると、「橋下さんが基地受け入れを表明してくれてるでしょー。そう言ってくれるだけでも、ほんとにうれしいよー」。満面の笑顔で話す彼女に、返す言葉がなかった。
○…基地問題に対する沖縄と本土の「温度差」は、沖縄を訪れるたびに感じてきた。これだけ沖縄の人々が声を上げても、いまだに「全国のたたかい」とはなっていない。基地はどこにもいらない。本土に住む人間として申し訳なく、歯がゆく、胸が痛くなる。まずは、自分たちの住む大阪で、地道に粘り強く沖縄の現状を伝えること。そして、根本にある日米安保を破棄し、基地はアメリカに帰ってもらおうと訴えていくしかない。

投稿者 jcposaka : 2010年05月23日

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