編集長のわくわくインタビュー 劇作家・演出家 永井愛さん「君が代」問題をコメディに 強制を変と思わぬ滑稽さ、異常さ
教育現場の「日の丸・君が代」問題を描いたコメディ「歌わせたい男たち」。05年の初演以来、全国で話題を呼び、大阪でもさまざまな劇団が取り上げてきました。昨年12月には劇団きづがわの舞台が反響を呼び、5月のアンコール公演が決定。作品の作者で劇作家の永井愛さんを東京に訪ね、作品に込めた思いなど聞きました。 (聞き手は佐藤圭子編集長)
――「歌わせたい男たち」は卒業式を迎えた公立高校が舞台。音楽講師を主人公に、「君が代」を何が何でも歌わせようとする校長や先生、強制に反対する先生の姿がコミカルに描かれています。3度拝見しましたが、いつも、笑って笑って、最後は背筋が寒くなる。今回は舞台を都立高校から大阪の府立高校に、言葉も大阪弁に変え、いっそう大阪の教育現場と重なって見えてきます。永井さんは新聞記事を見て作品を着想されたそうですね。不起立248人―どんな思いで
永井 2004年4月、この年の都立高校の卒業式と入学式で「君が代」斉唱時に立たなかった先生たちを「職務命令違反」で処分したという記事を見たんですが、248人もの大処分なのに、他の記事に混ざって、埋没しているようだったこともショックで、民主主義が不意打ちをくらったみたいに見えました。
248人というと相当な数のようですが、各学校ではおそらく一人か二人。その先生たちがどんな思いで不起立や伴奏拒否をし、周りの先生たちはどう反応したのか。その一つ一つに人間の見るべきドラマがあるだろうと思ったんです。
取材したり調べたりすると、いろんなことが分かってきました。たとえば、不起立の先生が出た場合、その先生だけでなく、校長と副校長と教務主幹が教育委員会の研修を受けさせられ、その上、その学校の教員全員が10日間の再発防止研修を受けなければならないとか。学期末の一番忙しい時にですよ。憲法に保障された内心の自由について生徒に説明した教師は教育委員会から厳重注意を受けるなんてことも、一般には知られてないんじゃないでしょうか。
――お芝居の中に出てくる話はすべて本当の話だそうですね。
永井 確かに、実話を基にしたものが多いですね。
口元チェックするおかしさ
世の中には絶対に喜劇にできないことがありますが、私はこの問題を喜劇として捉えました。強制する側が自分たちが異常だと気付いていないことの滑稽さです。トイレにまでついて来て起立してくれないかと言うなんて、もう笑うしかないじゃないですか。
大阪の高校の卒業式であった口元チェックの話も、テレビに出てきた校長がいかにも正しいことをやったように語るのを見て、マジでこういうことやる人って大丈夫?と思った人は多かったんじゃないでしょうか。
「歌わせたい男たち」では、不起立の先生よりも、むしろ起立させたい人の意見をたくさん書きました。不起立の先生が出たら周りがどんなに迷惑するかばかりを心配し、強制自体を変だと感じていない人たちを観客がどう見るか。それを私自身が知りたかったんです。
――このお芝居は、イギリス公演のために書かれたそうですね。
ボツになったイギリス公演
永井 ロンドンの劇場の芸術監督から、私の新作を東京とロンドンで同時上演しようと勧められたんです。たまたま「歌わせたい男たち」を構想していたんですが、ロンドンで私の芝居が通用するかどうか分からないと言うと、彼は、どこの国の話であろうと、それが人間に起きることなら普遍性を持ち、どこでだって通用する。誰だって理解できる。だから、本当に人間に起きることを書いてくださいと言いました。
それであらすじと企画書を書いて送ったら、「これはいったいいつの話ですか?」(笑い)。「現代です」と答えると、「もしいま、ロンドンの学校でこんなことが起きたら、まず同僚の先生が黙っていないし、市民も抗議して、国じゅうが大騒ぎになる。なぜ不起立の人だけが孤立してこんなたたかいをしているのか、そういうことを突っ込まれますよ。このままではロンドン市民に理解されません」と言われてボツになりました。
その時、海外の目で見たら、日本で起きているこの問題は、おかしいことなんだとあらためて思いました。それで世界の国歌斉唱事情を調べてみたら、学校の式典で国歌斉唱をやっているところはほとんどない。欧米では、卒業式や入学式そのものがないんですね。
それが日本では、公立学校での国歌斉唱は当然だと、起立斉唱を職務命令として義務付けるようになった。そして、「先生が決まりを守らないと生徒がルール違反したときに注意できなくなる」という理屈に転嫁させちゃってる。支配者側が巧みなのは、思想信条の問題にしないように、職務命令違反のほうに持っていくところです。
日本人って、思想信条の自由や言論の自由が民主主義の根本だってことが、実はよく分かっていない。だから、規則で人を締め付け、罰則で強引に管理しようとする人にリーダーシップがあると思い込んでしまう。そういうリーダーシップは恐ろしく古いし、ダメージを受けるのは、処分される先生だけでなく、自分たち市民であり、自分たちの子どもであるという認識が、もっと共有されるべきだと思います。
――永井さんの作品づくりのスタンスを聞かせてください。
永井 私は非常に臆病な人間で、いつもどうやって生きていったらいいかと迷っています。父親(画家で日本共産党員だった故永井潔さん)は戦争に行ったり、治安維持法で検挙されたりと、さんざんな目に遭いました。そういう時代が終わってから生まれて、二度とそんな目に遭わないで済むと思っていたら、ちょっと待てという事態になってきました。
臆病な市民の立場から書く
何度も処分されながらも、不起立や伴奏拒否を貫いている人は立派だと思います。けれど、そういう人を「立派」なまま孤立させちゃいけない。せめてロンドン市民にも理解できるぐらいに、「同僚の先生が黙っていないし、市民も抗議して、国じゅうが大騒ぎになる」ような世の中にしたいですね。
私はこれからも臆病な市民の立場から物を書いていきたい。「私がこんな目に遭っちゃったらどうしましょう」というような視点に観客を巻き込み、物の見方をリセットしたり、生命力を活性化させる力になるような芝居をつくっていきたいと思います。
ながい・あい 劇作家・演出家。二兎社主宰。身辺や意識下に潜む問題をすくい上げ、現実の生活に直結した、ライブ感覚あふれる創作を続け、日本を代表する劇作家の一人として海外でも注目を集める。主な作品は『パパのデモクラシー』『兄帰る』『萩家の三姉妹』『こんにちは、母さん』『歌わせたい男たち』など。今秋には新作『こんばんは、父さん』公演予定。
■劇団きづがわ第64回公演「歌わせたい男たち」(永井愛作、林田時夫演出)
5月11日(金)午後7時、12日(土)同2時・6時半、大阪市立こども文化センター(地下鉄西長堀駅下車)。料金=一般2500円、シニア(65歳以上)・障害者・学生2千円、ペア4千円(当日各500円増)。06・6551・3481劇団。(2012年4月8付「大阪民主新報」より)
投稿者 jcposaka : 2012年04月06日