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「戦後史の汚点」ただすたたかい レッド・パージの教訓学び次世代へ 大阪連絡センターが発足

2012年04月21日

 「戦後の歴史と教訓を次世代へ」と14日、レッド・パージ反対大阪連絡センター発足のつどいが開かれました。14人の犠牲者・家族など50人が参加しました。

 つどいでは、レッド・パージを受けた当事者が高齢で、運営や運動の前進には支援者の役割が欠かせないこと、同時に労働運動の活動家でもほとんど知らない状況であることを指摘。戦後最大の人権侵害であり、その名誉回復と国家賠償を求める運動を広げることは、思想信条の自由や法の下の平等を守るたたかいを担うことになると強調されました。  参加者は、学習の強化、資料や証言の掘り起こし、特別法制定を目指す国会請願の推進(大阪の目標は3千筆)、弁護士会への人権救済申し立て、会員拡大などの運動方針を確認。レッド・パージを受けた5人の共同代表など役員を選出しました。

犠牲者を掘り起こす運動を

 09年に神戸地裁に国家賠償請求訴訟(昨年5月に不当判決。現在は大阪高裁で係争中)を起こした大橋豊さんは、「本人はもちろん、家族にも物心両面で大きな犠牲を強いられた」と述べ、犠牲者を掘り起こす運動とともに、裁判への支援を呼び掛けました。
 母親が犠牲者である日本共産党のいそがわ和洋衆院大阪8区候補が、遺族の1人として出席。「弾圧や迫害に屈しないたたかいを学んだ」と述べました。

新しい日本を切り開くもの

 つどいには日本共産党の柳昭利府書記長らが参加。「レッド・パージの真実を知らせ、教訓を学び、次世代に伝えることは、新しい日本を切り開くたたかいと重なるもの」とあいさつしました。

レッド・パージ
 1949年〜50年、アメリカ占領軍の指示で、日本政府や民間企業が、日本共産党員やその支持者らを無法・不法に解雇した弾圧のこと。4万人以上(推定)が職場を奪われたもので、戦後最大の人権侵害事件です。
 労働運動の盛り上がりや49年の総選挙での日本共産党の躍進、中華人民共和国成立などの中で、アメリカ占領軍は共産党員を登録制にする「団体等規制令」を公布したり、特高警察の流れをくむ公安警察を復活させるなど、民主的な勢力の弾圧に着手しました。
 とりわけ松川事件や三鷹事件、下山事件など一連の謀略事件をでっちあげて、「共産党の仕業」だとして、国民に共産党への恐怖心をあおりました。
 憲法違反が明白であるにもかかわらず、主権回復後も政府は犠牲者の名誉回復、国家賠償を行っていません。

橋本敦さんが記念講演
いまなお続く国家の犯罪

 つどいでは、元日本共産党参院議員で弁護士の橋本敦さんが記念講演しました。
 橋本氏は、レッド・パージは「戦後史の汚点」と呼ぶべき「国家の悪事」で、「政府はGHQ、企業責任者とともに共犯者・共同正犯として責任がある」とするレッド・パージ研究の第一人者の明神勲北海道教育大学名誉教授の言葉や、日弁連が08年、救済を求める勧告書を政府に出していることを紹介しました。
 国の違法ぶりは明白で、この間、衆院で103件、参院で70件に上る国会請願はすべて不採択で、08年の日弁連勧告については、政府はどこでどう受け取りどう対処したか分からない≠ニいうお粗末ぶりだと、橋本氏は批判しました。
 また橋本氏は、終戦直後に公職追放された軍国主義者らに対し、主権回復後に追放を解除し損害補償の特別法を制定したこと、シベリア抑留者に対する特別措置法制定などと比べても、法の下の平等を違反しており、「国家の犯罪はいまなお続いている」と強調しました。
 神戸での国家賠償請求訴訟で、占領軍の指示で従わねばならないもので違法と言えない≠ネどとする過去の最高裁判決にしがみつき、「人生の社会的殺人」を直視せず、対応を政府の自由裁量として免罪した判決を糾弾。スペインの「歴史の記憶法」(07年)、ドイツ・イタリアでのナチスの弾圧に対する補償と名誉回復法(09年)など、世界の流れに背くものだと述べました。
 橋本氏は、センターの発足は「戦後史の汚点をただすたたかいであり、心強い。犠牲者の名誉回復なしには、日本の戦後は終わらない」と主張しました。(2012年4月22日付「大阪民主新報」より)

投稿者 jcposaka : 2012年04月21日

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