治療で感じていることは 人間は必ず変化する 心療内科医 .生野照子さん
長年、心療内科医として活動してきた前大阪府教育委員長の生野照子さんが、15年ぶりに11月、大阪で開かれる日本うたごえ祭典・おおさか(同実行委員会主催)で、女性のうたごえの実行委員長を務めます。診察に行く被災地も思いながら、「皆さんの思いに羽根を付けて福島や岩手に飛ばしたい」と語る生野さんに、お話を聞きました。
(聞き手は佐藤圭子編集長)
――長年の心療内科医としての活動を通して、どんなことを感じてこられましたか? 生野 心の問題は、その人の精神や性格の問題とみられがちですが、じっくりと見てみるとそれは一部であって、多層的に重なり合っているんですね。
社会のメッセージを受けて
生野 特に社会の問題は、子どもであれ大人であれストレートに影響を及ぼします。
特に今は、いい情報も悪い情報もセレクトされずにさらされていて、大人が子どもを守りようのない状態になっています。
私は摂食障害に力を入れていますが、原因の1つに、痩せているほうがいいという社会のメッセージがあります。幼女向けの雑誌にはウエストの細いキャラが出ていたりして、細くないとかわいくない、認めてもらえないと思わされる。統計を取ると小学生の女の子でも73%が「体重が気になる」、59%が「痩せたい」と思っているんですね、
――それがダイエット産業などに組み込まれて。
生野 そうです。
昔から運転士やお姫様になりたいという願望はありましたが、それは夢としてであって、自分の内面を蓄積していく時間がたっぷりありました。だけど今は、イメージがまずあって、それにはまらず、ちょっと太っていたりすると、からかわれたりのけものにされる。はぐれるという不安とセットになって、内面より外面に追われていくんですね。
――競争社会の影響も大きいですよね。
生野 ええ。特に点数主義の弊害は大きい。
人の発達の力を妨げるもの
生野 「子どもが自分をほめてくれたけれど、喜んでいいんですか」と相談に来られるお母さんもいます。「私は本当にいいお母さんなんでしょうか」と。「喜んでいいですよ。とてもいいお母さんですよ」と言うと、「そうなんですか。自信もっていいんですか」と。先生と名のつく人に評価されたり、外から点数をつけないと自分で判断できないんですね。
――いかに評価され続けてきたかということですね。
生野 評価依存症ですね。自分でいいと思っても認めてもらえなかったり、周囲の価値に合わせてないといい点数がつかない。これは子どもたちが自分の力で発達することを大きくさまたげています。子どもを発達させるためのはずの評価が、逆に発達できなくさせているんですね。
人間というのは自分の力で発達するもので、それをサポートするのが教育です。子どもが弱ってきているのではなく、教え方が間違っているんだと、子どもたちを見ていて私は思います。
虐待しそうな親御さんの相談にも乗っていますが、上から下への力の圧迫という虐待の構造は、貧困との関係が大きいです。力の流れが滝のように落ちてきて、底辺にいる子どもがいじめをするわけです。だから子どもたちのいじめだけ考えていても解決しません。全体像からみていかないと駄目なんですね。
――貧困の問題も社会問題になっています。
生野 処方箋を見た子が受付に行って、先生に会わせてくれと言うんですね。会うと、「先生、胃薬いらないわ。私大丈夫やから」と。自分のせいで親が薬代を払わないといけないから、いかに自分の薬を減らすか、子どもが処方箋をにらんで言いに来るんです。
子どもの居場所づくりにも取り組んでいますが、子どもたちは来たいけれど交通費がない。経済的貧困という社会のしんどさが、これから育ちゆこうとしている子どもたちに影響を与えているんです。こういう場所だと非常によく見えてきます。
愛以上の愛を考えていこう
――先生の著書で、患者さんたちの変化への確信がとても印象に残りました。
生野 人間というのはものすごく強いもので、年齢に関係なく必ず変化するんです。最初は黙って、お前なんかに分かるかという人でも、治療していくと、ふーっと花開いてくる。堅いつぼみが花開くという意味で私たちはブルーミングと呼んでいます。それを見てきたから、絶対、花開くと。治療者というよりも人間としての確信ですね。その変化に感動するんです。人間ってすごいなあと。
これからは、その感動も含めて、これまで自分が得たノウハウやスキルを若い人たちに全部伝えていくのが今の目標です。
精神障害で自殺していく人もいる。人の人生に影響を与え、命を預かる医療の現場では、愛以上の愛が必要です。それが何かということを教えることはとても難しいでことですが、一緒に考えて伝えていきたいですね。
思いが一つに魂がこもる歌
――15年ぶりに開かれるうたごえ祭典で、女性のうたごえの実行委員長になられたと。
生野 2月に関係者の方が来られてお話を聞いて、こんな素晴らしい活動をされてきたのかと初めて知りました。
練習も見学させていただいたんですが、すごいんです。私も音楽は好きですが、皆さん、一生懸命に心を表現したいと思っておられる。指導している方の言葉で会場の気持ちが1つになって。本番が本当に楽しみです。
その日は「君死にたまふことなかれ」「風よふるさとよ」などを聞きましたが、皆さんの平和への思いが1つになり、歌に魂が入っていると思いました。
私はいまも被災地に診察に行っていますが、患者さんや相談に来られる方の言葉は、簡単に「そうですか」と過ごせるものではありません。ぐっと胸に持って帰ってくるので、歌を聞くとそれがはじけるんですね。「風よふるさとよ」を聞いていて、被災者の方々がこれを聞かれたら、きっと元気を出してくださると思うと涙が止まらなくて。
歌も診察も共通する部分があります。処方箋を切ってお薬を出すだけじゃない。皆さんの思いに羽根を付けて福島や岩手に飛んでいってほしいと思います。
いくの・てるこ
1943年、大阪生まれ。社会医療法人浪速生野病院心療医療科部長。心療内科・小児科医・臨床心理士。大阪市立大学医学部卒業。神戸女学院名誉教授。07年〜12年、大阪府教育委員長。日本心身医学会専門医。著書は『リストカットの向こうへ』(新潮社)など多数。
65周年記念.日本のうたごえ祭典・おおさか
▽大音楽会 11月2日(土)午後5時〜8時半、大阪城ホール。〈オーケストラの調べにのせて〉(ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団、佐藤しのぶ)、〈平和、世界とつながる〉〈被災地に心を寄せて〉他。指定席4000円、自由席3500円(当日各500円増)。割引あり。
▽特別音楽会 3日(日)午後6時、ザ・シンフォニーホール。A席3500円、B席3000円。問い合わせ先=06・6962・5482同実行委員会(大阪音楽センター内)。
(2013年9月1日付「大阪民主新報」より)
投稿者 jcposaka : 2013年09月01日