みんなの願いを国会へ わたなべ結物語⑦
未来守るためたたかい続ける
学ぶ場奪うな
「経済的理由で大学進学をあきらめる、そんな社会にしたくありません」
東京で5千人の青年を前に「社会を変えたい」と訴えた2008年秋の全国青年大集会から3週間後の10月31日。大阪市住吉区の大阪市立大杉本キャンパスで訴えるわたなべさんの姿がありました。
この年7月に明らかになった同大学夜間課程(2部)の学生募集停止問題。すでに在学生を中心に「市大2部廃止問題を考える会」が結成され、学生アンケートと「2部存続署名」運動がスタートしていました。
異常に高い日本の学費や学生を苦しめる就職難、貧困と雇用破壊など、大学時代に大阪府学生自治会総連合役員として関わってきたわたなべさんにとって、2部廃止は大問題でした。
“母子家庭で母親はダブルワーク”“働きながら学べる2部は絶対に必要”。そんな切実な声を聞いたわたなべさんは、常に2部存続運動の現場に身を置き、「学ぶ場を奪わないで」と訴え続けたのです。
受験生へのアンケート対話や学習会、署名提出やデモ行進など2部廃止問題を取材した本紙には、学生たちと一緒に行動するわたなべさんの写真が多数残されています。
「2部学生にとって夜間課程は、やっとの思いでたどりついた学ぶ場でした。2部廃止で学生の夢を奪うなと、わたなべさんは自分の問題のように受け止めてくれました。それが本当にうれしかったです」
当時「考える会」代表を務めた泉谷亨輔さんが振り返ります。
「“真実を伝え語り合えば、社会は必ず変わる”とわたなべさんは私たちに熱く語り、運動を励ましてくれました。あきらめずに頑張ることや、人間を信じる心を教えてもらったと思います」
心からの共感
「どんとこい木津川 みんなで輪になろう」。2007年に再建された民青木津川南地区の青年たちがスローガンに掲げ、今も大切にしている言葉です。
「連帯の輪を広げようと、わたなべさんは青年の実態にじっと耳を傾け、解決の展望が見えるまで一緒に考えて行動していました」
こう語るのは、05年ごろから青年運動の仲間として10年以上わたなべさんと活動をともにしてきた安達雅之さん。
「相手の悩みや苦しみに心から共感し、本気でたたかってくれる人。そんなわたなべさんの優しさと強さが、たくさんの若者を結び付け、連帯を広げる力になりました」
08年秋のリーマンショックと年越し派遣村。貧困打開の世論と運動が広がった09年1月、大阪市住吉区で衝撃的な事件が起きました。派遣社員だった40代男性の孤独死です。所持金はわずか90円。餓死した可能性があると報じられたのです。
当時、民青地区委員長だった安達さんは、わたなべさんらと対策を協議。「相談できる相手がいれば、結果は違ったかもしれない」と話し合い、街頭なんでも相談やビラ配付・対話活動を続けました。
共に乗り越えて
07年、わたなべさんや安達さんらが木津川南地域で民青同盟を再建しました。その年の民青同盟の全国大会で、わたなべさんはこう発言しました。
「人間を大切にしない現代社会の中で、深く傷付けられている青年はたくさんいます。すべての青年とつながって社会を変えようと呼び掛けていきます。どんな人にも『どんとこい!』と言える懐の深い活動を広げ、青年が政治を動かす“新しい時代”を切り開くために仲間の輪をどんどん大きくしていきたい」
悩みや苦しみを分かち合いながら共に乗り越えていく。わたなべさんはこの発言通り、仲間と一緒に活動を続けていきました。