おおさかナウ

2024年06月22日

政治の責任で被災者支援を
能登半島地震から5カ月余
足らぬ物資 進まぬ復旧

日本共産党衆院近畿比例候補 たつみ・清水の両氏
被災地で支援活動

 1月1日夕に最大震度7を記録した能登半島地震発生から5カ月余。日本共産党のたつみコータロー衆院近畿比例候補、清水ただし衆院近畿比例候補(大阪4区重複)は11・12日の2日間、被害の大きい石川県の輪島、珠洲の両市で支援活動を行いました。

「必要な物資をお受け取りください」「お困り事はないですか」と仮設入居者の声を聞くたつみ、清水両氏ら=12日、珠洲市内

「必要な物資をお受け取りください」「お困り事はないですか」と仮設入居者の声を聞くたつみ、清水両氏ら=12日、珠洲市内

自宅半壊し仮設住宅に

「ボランティアセンターから生活支援の物資をお届けに来ました」「お困り事はないですか?」と訪問すると、「わぁー大阪から。遠いところをありがとう」「こんなにたくさんいただいていいのですか?」と笑顔があふれました。
 元日の地震発生時、自宅の1階部分にいたという女性は、「ドーンと大きな揺れが2回続き、壁が倒れて下敷きになった。〝もう駄目かも〟と思った時に、区長さんたちに救助された」と話してくれました。
 自宅が半壊し仮設住宅に娘と2人で暮らす女性は、行政負担の「公費解体」を申請したと話す一方、「いつ解体になるか分かりませんし、たとえ撤去されても再建できるか不安で、今は何も考えられない」と表情を曇らせました。
 清水氏は、仮設住宅の入居期限を原則2年と定めた災害救助法の規定を巡り、「2年で追い出すことはない」との認識を示した防災担当相への国会質問を紹介しました。
 「よかった!」と少し笑顔になった女性に、清水氏は、「仮設住宅に入居すると『自立』とみなされ支援が打ち切られてしまいます。生活支援がしっかり届くよう政治に声を届けます」と語りました。

被災者全員に届くのか

仮設住宅で入居者の暮らしの願いを聞く、たつみ、清水の両氏=11日、輪島市内

仮設住宅で入居者の暮らしの願いを聞く、たつみ、清水の両氏=11日、輪島市内

 初産を控えた臨月に被災した女性は、生後4カ月の赤ちゃんを抱っこして支援物資を受け取り、何度も「ありがとう」と繰り返しました。女性は、「半壊した自宅にはもう戻ることはできませんが、多くの人に支えられて頑張っています。おむつやミルクの支援は本当にうれしくて助かります」と話していました。
 間取り3Kの仮設に0歳の乳児と小学生3人、夫と家族6人で暮らす女性は、就寝時にテーブルを片付けなければ布団を敷けないと言います。「損壊した自宅は解体しますが、また地震が来るかと思うと心配です。あまりに被害が甚大すぎて、被災者全員に支援が届くのはいつになるのだろうかと思います」と話しました。

知り合いがほぼいない

 訪問する中では、仮設入居者への生活家電補助制度(洗濯機・冷蔵庫・テレビを対象に1台6万円、上限13万円を助成)で、「大型洗濯機が必要な子育て世代は自費負担が生じる」との意見も。また「仮設に入って知人と離れて寂しくなった」「ほとんど知り合いはいない」との声も寄せられました。

基本的人権守るために

 「まだまだ、飲料水や日用品など十分な生活物資が被災者に届いていないと痛感した。能登の皆さんが希望を持って住み続けられるよう、今こそ政治が責任を果たさなければならない」と清水氏。たつみ氏は「暮らしを支える支援策とともに、道路や水道などの復旧も急務。物資を届け、被災地の声を聞き取る支援者の体制がもっともっと必要だ。被災地の人々の基本的人権が守られるよう、政治に声を届け、継続的に活動していきたい」と語りました。(6面に続く)

倒壊建築物 手つかず
日本共産党 支援センター中心に活動

   支援物資を車に積み込む、たつみ、清水の両氏=11日、羽咋市内


支援物資を車に積み込む、たつみ、清水の両氏=11日、羽咋市内

 たつみ、清水両氏らは11日正午過ぎ、日本共産党と民主団体が運営する「能登半島地震被災者共同支援センター」(石川県羽咋市)で飲料水やコメ、野菜や日用品など支援物資を積み込んだ後、自動車2台で被災地へ出発しました。
 能登と金沢を結ぶ石川県の自動車道「のと里山海道」は、山側の斜面や谷側の盛り土が至るところで崩落し、路面にも多くの亀裂が残ったまま。現在も一部区間は北向き一方通行で、40㌔に速度制限されていました。
 輪島市をはじめ奥能登の各地域では、つぶれた家屋や倒れた建築物など多くが、手つかずのまま残されています。山の斜面が尾根から崩れ、流れ出た大量の土砂に複数の住宅が巻き込まれた一ノ瀬町の土砂災害現場や、大規模火災が発生した「輪島朝市」通り周辺で、被災状況の説明を受けました。
 この後、日本共産党の鐙(あぶみ)史朗市議らと、小学校の校庭に建設された仮設住宅で、被災者に支援物資を届けました。
 12日は、珠洲市内の仮設住宅で支援活動に取り組みました。

道路が寸断 水が欲しい
能登半島地震から5カ月余
被災地で支援活動

 最大震度7の揺れを観測した能登半島地震の発生から5カ月余りが経過した今も、奥能登では主要道路の寸断や、水道などライフラインにも影響が出ています。11・12の2日間、奥能登に支援活動に入った日本共産党の、たつみコータロー、清水ただし両衆院近畿ブロック比例候補は、住宅を失った被災者らを訪問して支援物資を届け、奥能登の被災状況を調査しました。

大規模崩落そのままに

大規模崩落で道路が寸断され、近くの集落では断水が続いていました=12日、珠洲市内

大規模崩落で道路が寸断され、近くの集落では断水が続いていました=12日、珠洲市内

 石川県珠洲市を通る国道249号は、地震で崩れた土砂でトンネルの入り口がふさがれたり、山の斜面が崩れて寸断されたところが何カ所も残されていました。
 国道249号は地震の揺れによる影響で、計5区間が通行止めとなり、発災直後は多くの住民が孤立状態に。すでに復旧工事が始まっている場所もありますが、名勝・千畳敷そばの逢坂トンネル付近では、大規模崩落で完全に寸断されていました。
 途絶したライフラインの復旧に向けた懸命の作業も続いています。震災直後は輪島、珠洲両市などの全域で約4万5千戸が断水状態となりました。この間、全国の自治体職員が応援に入っているものの、珠洲市と輪島市で計1821戸(5月31日時点)で、断水が続いています。

夏を迎えて不安になる

 逢坂トンネルにほど近い、同市清水町の「道の駅すず塩田村」近くの海に面した集落では、上水を供給する浄水場近くで土砂崩れが発生し、復旧作業が進まない状態でした。
 たつみ、清水両氏らは、海沿いの木造民家に暮らす女性を訪問しました。女性は現在、支援物資で届けられた飲料水などで生活していると言い、暑くなる季節を迎えて不安もあると打ち明けます。要望などを聞き取るとともに、野菜などの支援物資を手渡しました。
 珠洲市では海岸線の集落だけでなく、中心部でも水道が復旧していない場所もありました。
 住民からは、「自由に使える水がほしい」「安心して暮らせるように、復旧を急いでほしい」との切実な声が寄せられました。

無残な姿をさらす朝市

 輪島市の観光名所「朝市通り」周辺では、6月初旬から一部建物の公費解体が始まっているものの、地震による大規模火災で焼け落ちた建物の多くが、そのままの姿で残っていました。

能登半島地震による大規模火災で焼失した朝市通り周辺=11日、輪島市内

能登半島地震による大規模火災で焼失した朝市通り周辺=11日、輪島市内

 鉄骨造りの建物は、骨組みだけがむき出しの状態で、火災で焼けた自動車の窓ガラスも、粉々に砕け落ちたまま。黒焦げになった木造住宅の柱が何本も折り重なり、傾いた電柱からむき出しの電線が垂れ下がったままになっていました。
 朝市通りには、何カ所も花束が置かれていました。

余震が続き眠れない日

 近くで仕事をしていた作業関係者は、余震が続いて眠れない日も多いと話し、「朝市周辺は激しい揺れで建物が倒壊し、火災が広がり犠牲が広がった。1日でも早く元気な輪島朝市が復活できるよう頑張ります」と話していました。

(大阪民主新報、2024年6月23日号より)

 

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