橋下徹氏の『政権奪取論』を読む
安倍政権礼賛と補完
大阪市を廃止・分割する「大阪都」構想の是非を問う住民投票(2015年5月)に敗れ、政界を去った橋下徹氏(前日本維新の会代表)が『政権奪取論 強い野党の作り方』(以下、「橋下本」)を出版しました。「日本維新は失敗と言わざるを得ない」と書き、話題作りだけは巧みです。しかし、本書の主題はそこではありません。一読して浮かび上がるのは、①安倍内閣はいかにすごいか②橋下氏と維新が大阪でやったことは、いかにすごいか③いまの野党はいかに弱いか―。そこで、「知事・市長の経験」をもとに野党に「政権奪取法」を「指南」するというのです。しかし、最後のオチは、強い強い自民党に勝つために、参院選で野党は「候補者調整」がいる。その際、「失敗」した「日本維新の会」も加えて、というのですから、何をかいわんや。到底、食えないしろものです。
モリカケ不問
「橋下本」は「僕は今の安倍政権の政治に基本的には賛成である」という一文から始まります。さすがに安倍政権への多少のケチつけはあるのですが、「安倍政権は現状変更にチャレンジしてきた」「再び政権交代を果たした自民党は、かつてより国民の声に耳を傾ける政党になった」と歯が浮くような安倍政権礼賛が続きます。
森友問題では、悪いのは「優秀な官僚様」であり、「麻生大臣は当然辞任すべきだった」と安倍首相には批判の矛先を向けません。加計問題では、「特区会議の議論の中で、『首相案件』や、『安倍さんの意向』というような言葉が飛び交っても、何らおかしくはない。既得権を打破する改革は、トップである首相の強烈な意向がなければ実行できない」とかばいます。
「協力」当然視
その安倍政権と維新との関係を「橋下本」はこう語ります。
「政治はきれいごとだけではやっていられない。大阪の改革や成長を実現するために、安倍政権には多くの力を貸してもらっていることは事実だ。だから、日本維新の会が安倍政権に協力するという面も多々ある」「安倍政権の協力で…うめきた2期開発、阪神高速道路淀川左岸線の延伸、大阪万博への挑戦、カジノを含む統合型リゾート推進法(IR推進法)の制定、リニア中央新幹線の大阪開通の8年の前倒し…その他、これまで法律や制度の壁にぶつかっていたことを安倍政権の協力で乗り越えたことは多数ある。ゆえに、日本維新の会が安倍政権に必要な協力をすることは当然だ」
橋下氏は日本維新の会は「結果的に国民からは自民党の補完勢力と見られてしまっている」と「失敗」ぶりを嘆きます。しかし、当事者として「安倍政権補完ぶり」をあけすけに語っているのは、ほかならぬ橋下氏自身です。
実績の自画自賛だが
「橋下本」は、「日本維新は失敗」論と裏腹に、橋下氏と大阪維新の会が「大阪でいかに成功しているか」を自画自賛しています。
いわく大阪市長になった時、野党から徹底的チェックを受けた―。「その緊張関係があったからこそ、市民のための政治ができた」。僕が示す方針にたいして、「役人は必ずしもべったりになどならない」〈「組織(市役所)は僕の顔色をうかがってもらいたい」といったのは橋下氏でしたが〉。そして、「大阪においては、いまだに自民党と対峙(たいじ)する政党として存在している」。
やったことは
彼らが大阪で本当にやってきたことにはふれません。旧WTC(ワールドトレードセンター)ビルへの府庁移転を策して失敗したのに購入し「二重庁舎」の無駄づかいをすすめていること、府民・市民サービス予算の大幅削減、教育に政治介入し、子どもたちをテストづけにし教師をしめつけていること、「二重行政」の名による住吉市民病院つぶし、大阪市職員への「思想調査」をおこない司直からも断罪されたこと、「慰安婦は必要だった」発言で国際的にも大きな非難を受けたこと…。
興味深いのは、なぜ維新が大阪で「成功」しているか、その「秘訣(ひけつ)」を次のように語っていることです。
―知事と市長という地方政権を取っているから
―政党助成金の交付を受け、資金的に余裕が出て、党独自の世論調査を活用していた
―「政策の細かな話よりも、『僕には変える力がありますよ』『実行力はありますよ』ということを有権者に伝えることを重視した」「すると有権者は、僕が今進めている政策には賛成ではなくても、『次は私のことについて、やってくれるんじゃないか』と期待してくれる」
バレないよう
きわめつけはこうです。
「現実の課題に対応するために、これまでの主張に反することを、どう有権者にバレないようにやるかという政治技術」
「大阪都」構想については、住民投票で敗北してから「再挑戦」へ巻き返すため、いかに「ストーリー」(物語)を書いたかを延々と自慢します。しかし、彼らがなぜ住民投票で敗れたか、また「大阪都」をかけた堺市長選に2度も敗れたか―その総括も、反省もありません。「大阪都」構想がついえれば、維新もついえる。だから失敗が「有権者にバレないように」、いつまでも掲げ続けるのでしょう。
「橋下本」は、日本維新の会の失敗の理由は、「国会議員の日常の活動量が話にならないほど少なすぎる」「組織としての戦略性がなかった」「各議員に『野党のままでは死ねない』という命がけでの権力欲、名誉欲がない」などと理由づけしています。
しかし、大阪における維新政治のゆきづまりが、維新政治の国政破たんの大きな要因であることを自覚すべきでしょう。
共闘を壊す〝野党論〟
「橋下本」は、「野党が弱いがために安倍政権・自民党は安定を失わない」「野党の弱さこそが、今の日本の政治の根本的な問題だと僕は考えている」といいながら、野党が弱い理由を「分析」し、どうすれば「強い野党」になれるかを指南します。
なぜ野党が弱いか。「何よりも反対を唱えているだけでは、野党は党内の意見をまとめ、世間を『騙(だま)して』でも現実の課題に対応するという、政治の最も大切で最も難しい技術をレベルアップすることができない」。そして「僕は、今の野党が全部まとまったときの器の『色』、すなわち日本の新しい道には、違和感がある。感覚的な表現で恐縮だが、今の野党が全部まとまったときに醸成される日本の新しい道では、自民党と真に対抗できるだけの無党派層の支持を得られないと思う」と語ります。
あいまいもこ
矛先は、「安倍政権に反対ばかりしている」ことと「野党共闘」に向けられます。
そこで「強い野党」の作り方は、「イデオロギーを捨て」、自民党との対立軸に「静」か「動」かを置くべきだとか、「未来志向のキーワード」は「自由」「開かれた社会」「新しい技術」「ルール重視」など、曖昧模糊(あいまいもこ)としたものです。同時に、野党は「解雇規制の緩和」をかかげよ、など「維新流政策」の持ち込みは忘れません。
そのうえで、参院選での候補者調整をしなければ野党は負ける、そこで「予備選挙」をして決めろというわけですが、笑うべきは、そこに「日本維新の会の存在もポイントだ」としていることです。何のことはない。「安倍政権与党とその補完勢力」=維新を少数に追い詰めることが「市民と野党の共闘」の大目標ですが、その目標と枠組みを壊してほしいというわけです。
願望打ち砕く
「橋下本」を「読了」した吉村洋文大阪市長はツイッターで、「共産党を除く、維新、立憲、国民、無所属の会等、野党全体で『新党』を結成する」「どんなにしんどい状況になっても共産党とは絶対に組まない」と「私案」を発信しています。よく「忖度(そんたく)」できているのでしょう(笑)。
橋下氏が「僕の8年間の生きた政治経験をフルに注ぎ込んで」書いたという「橋下本」はこの程度のものです。
彼にお世話になる必要などありません。「安倍政権打倒」をかかげた「市民と野党の共闘」も、「大阪都」の住民投票を「延期」で「断念」に追いこむ大阪の「反維新の共同」も、着実に広がりをみせています。来年の統一地方選挙、参院選は、その真価をいかんなく発揮して、橋下氏の願望を打ち砕く絶好の機会です。
(中村正男=日本共産党大阪府委員会副委員長・政策委員会責任者)
(2018年10月03日、05日、06日 しんぶん赤旗近畿版に掲載)